6章 パトリシア・スナイダー

 

 ピンと頭の中でバネが跳ねた。そうか、いつかアンを訪ねてきた女だ。

 

 あれはいつだっただろう、ゴールディがアパートに帰るとアンの部屋の前に一人の女が立っていた。

 

「アン・ノリスの部屋はここかしら?」

 

 彼女は抑揚のある南部まなりで言った。

 

「ええ、そうですけど。でも今はいないと思うわ」

 

 すると女は、あらあというように首筋を押えて少し考えた。

 

「そう、じゃ、仕方ないわね。それにしてもボストンって思ったよりずいぶん暑いのね。これだけ北上すれば、だいぶ涼しくなると思ったのに」

 

「どこからいらしたの?」

 

「ルイジアナよ」

 

「ルイジアナのどこですか?」

 

「ルイジアナで、もっともエクサイティングなとこと言えば?」

 

「ニューオリンズですね」

 

「そう」

 

「ジャズの街ですよね」

 

「そう。来たことある?」

 

「残念ながらないんです」

 

「一度来る価値あるわよ。観光には楽しいわ。あたしの店に寄りなさいよ。……っていうの。……の近くよ」

 

 店の名を言った。なんていう名だったんだろう。肝心の女の店も近くだと言われたものも思い出せなかった。

 

 頭の圧力を上げ、考えてみる。夢の中で、女は手にガラスの翼魚をのせていた。

 

 そうだ、「flying fish」の近くだと、言ったのだ。アンとおそろいの指輪を買ったばかりで、そのときひどく偶然だと思った、そんな気がする。

 

 そのあと二度とその女を見ることはなかったし、再び彼女が訪ねてきたのかどうかもゴールディは知らない。アンから彼女の話を聞いたこともなかったと思う。もっともアンは自分の知人の話をしたことなどなかったのだが

 

「メッセージ書いて、ドアの下から入れたらどうかしら?」

 

 あの時、ゴールディはそう言って、紙とペンを取りに部屋に戻った、そんな気がした。

 

 昔見た映画の場面を思い出すように目をつぶり、ゴールディはそのときの光景を思い出そうとした。そうだ、ゴールディがメッセージを書いたらと提案する前に、女は言った。「……が来たと伝えてちょうだい」

 

 何という名だっただろうか

 

 ありふれた名前だった気がする。メアリー、キャシイダイアン

 

 彼女はメモをドアの下に入れたのだろうか。いや入れなかった。そうだ、入れなかったのだ。次第にゴールディの記憶ははっきりしてきた。

 

 女はゴールディを見つめて言った。

 

「やっぱりやめとくわ。夜にでもまた来るわ」

 

 女はどこか疲れた目をしていた。眠たそうだっただけかもしれない。

 

「アンの友達ですか?」

 

「古い知り合いよ」

 

 そのあと、ゴールディはどうしただろう。一応、アンに伝えてあげようと、部屋に入ってメモ用紙に彼女の名前を書いた、そんな気もする。

 

 結局、ゴールディは、アンに女のことを言わなかったと思う。なぜ言わなかったのだろう。うっかり忘れたのだろうか。あたかもその記憶に潜在的に蓋をしたように、今の今まで女ことは一度も思い出さなかった。そう夢に出てくるまでは。デキシージャズが、南部なまりの女の記憶を引き出したのかもしれない。

 

 けれどこのタイミングで思いだしたのはなぜか、ゴールディは気になった。アンの古い知り合いというのも気になった。

 

 あの女の名前さえわかれば、アンの昔の様子を知る手がかりになるかもしれない。けれどアンの昔を知ってどうなるのだ。事件は決着したじゃないか。テレビドラマじゃないんだから、友人の過去を探してどうなるのだ。

 

 かつてゴールディは電話のそばにいつもメモ用紙を置いていた。10センチかける15センチくらいの1ドル25セント程度のメモ帳で、一枚一枚簡単に剥せるやつだ。電話番号、メッセージなど、とりあえず忘れないうちに書き留めるためだ。そしてメモ帳は次々に書き込まれ、一冊が終る。通販の電話勧誘販売もやっていたことがあり、女性の名前を書き留めることも多かった。

 

 人間関係の少ないゴールディだ。一冊が終るのには随分の時間がかかった。終ったメモ帳を、ゴールディはなぜか捨てる気になれなかった。毎日さほど華やかなことも変化なく怠惰に流れていく彼女の生活の中で、メモ帳だけが周りの人間と自分をつなぐ唯一のものだったからかもしれない。何冊もたまったメモ帳は、他の雑貨類とともに開けぬまま積み重ねてあるダンボール箱の一つに入れたままのはずだった。

 

 ゴールディはクロゼットを開けた。どの箱だろう。次々と持ち上げては開けていく。ガムテープがついたままのもの、開けて半分は中身を出してあるもの

 

 女との出会いの記憶を繰り返し繰り返しプレイバックしていると、どこまでがほんとに起こったことなのか次第にわからなくなってくる。もう十年近く前のことなのだ。女の顔だけは記憶の中でなんとか保存されているが、その他のことはあやふやになっても仕方ない。

 

 たとえメモ帳はあったとしても女の名が書いてある保証などない。それでもゴールディは諦めずに次々と開けていった。ガムテープを剥すとき、人指し指の爪が割れそうになったが、それでもやめなかった。

 

 ダンボールは残り二つになった。大小二つの箱。小さい方に手をかけた。パリパリパリパリ。ガムテープは乾燥した音をたてた。

 

 この箱だ。幾つものノートやメモ帳が乱雑に投げ入れてある。日付をつけてるわけではないので、どれがその当時使っていたものかは、すぐにはわからなかった。

 

 ゴールディは一つずつチェックしていった。名前に電話番号。自分の字なのに殴り書きのあまり読めない字も多かった。女の名前を書いた紙だけをちぎっていく。

 

 ステイシー・ブレナー、メリッサ・クレメント、バーバラ・オズ。どこの誰か覚えてない名がほとんどだった。あの女の名をこのメモ用紙のどこかに見つけたとしても、それがあの女の名だとわかるだろうか。

 

「……が来たと伝えてちょうだい」

 

 確かに女はフルネームで言った。とりたてて長い名でもなかった。ありふれた名前だった、と思う。

 

 ミッシェル・ホールソン、ナンシー・モーレイ、スティシー・ワーデン、テレサ・ルイス。集めたメモ用紙を手に、声に出して読んでみたが、どれもピンとこなかった。

 

 

 

 

 ヴィンスは方言に通じていた。以前、歴代大統領の真似をしてみせたことがある。カーターやクリントン、南部出身者の真似など特にうまく、ゴールディは手を叩いて笑った。

 

 ヴィンスのオフィスに行くと、彼はパソコンで作業中だった。

 

「ねえ。ここに書いてある名前、南部なまりで言ってみてくれない?」

 

「南部ってどの辺りさ?」

 

「ニューオリンズよ」

 

 ヴィンスは怪訝そうな顔をしながらも、声に出して読み始めた。ゴールディは真剣な顔でその口元を見つめていたが、途中で遮った。

 

「だめだわ。もう一度始めからお願い。目をつぶって聞いてみるから。ねえ、女みたいな声で出来ないかしら。少しハスキーな女の声ってやつよ。一つずつその名前を入れて、言ってほしいの」

 

 マーシャ・マクギルが来たって伝えてちょうだい。

 メリル・ダニエルズが来たって伝えてちょうだい。

 モ一リーン・チャニングが来たって伝えてちょうだい。

 コンチータ・フォルソムが来たって伝えてようだい。

 ショーン・カレリが来たって伝えてもようだい。

 

 ゴールディは目をつぶって、女の顔を思い浮かべながら、神経を集中させた。

 

 マデリーン・コーマンが来たって伝えてちょうだい。

 マーガレット・ハントが来たって伝えてちょうだい。

 ヘレン・タウンゼントが来たって伝えてちょうだい。

 

 ヴィンスは一定のペースで次々にと読み続けた。リストも終りの方に近づいていく。

 

 リリー・ギブソンが来たって伝えでちょうだい。

 パトリシア・スナイダーが来たって伝えてちょうだい。

 

「ちょ、ちょっと待って!もう一度それ言ってみて」

 

「パトリシア・スナイダーが来たって伝えてちょうだい」

 

「それじゃないかしら」

 

 パトリシア・スナイダーが来たと伝えてちょだい。パトリシア・スナイダー、パトリシア・スナイダー。確信はもてなかったが、一番それらしく聞こえた。パトリシア・スナイダー、パトリシア・スナイダー

 

 パトリシア・スナイダー。字で見ると、少しもそれらしく感じなかったのはなぜだろう。字を見るのと南部なまりで耳から聞くのとは、印象がまったく違っていた。

 

 

 

                     

 

 

 ニューオリンズに飛ぶ、最初それは馬鹿げたアイデアに思えた。行ってどうなるの? 過去のアンを知ってどうなるっていうのだ? 今度の事件とは関係ないはず。何が自分をそこまで駆り立てているのだろう。ただ、長い付き合いの中であまりにアンの過去を切らなさすぎた。ゴールディも聞かなかったし、アンも話さなかった。何かのきっかけで聞いても、答えてもらったことがない。はぐらかされるか、なんとなくちぐはぐになるかだった。その中で、唯一のアンの過去からの人物が、あの日、アンの部屋の前に立っていた彼女だった。

 

 南部訛りのあの女の顔が、ゴールディの頭から離れなかった。

 

「ヴィンス、ニューオリンズに一緒に来てくれない?」

 

 ヴィンスは数秒彼女の顔を見つめていた。一瞬時間が止まったかと思ったが、次の瞬間ヴィンスは言った。

 

「行くよ」

 

 

 

 

 ヴィンスとチャックは、コンピューターの前に座り、なにやら操作していた。

 

「これでいいはずだ。ゴールディ、ちょっとここに来てごらん」

 

 画面には女の顔が映っていた。

 

「誰よ、これ」

 

「ミス平均的アメリカ人さ。これが一番統計学上、平均的なホワイトの女の顔なのさ」

 

「ふーん」

 

 そう言われれば、そうかもしれない。まるで個性がない。一番覚えにくい顔、そんな風にも言える。

 

「ここから、ゴールディの見たそのパトリシア・スナイダーさんのモンタージュを作るのさ」

 

 眉、目、鼻、口、額、顎、髪、首一つ一つパーツを変えていく。全体として覚えていても、いざ一つ一つを思い出すのは難しかった。

 

 それでも何とか、記憶の中の顔に近い顔を作り出すことが出来た。

 

「これが、パトリシアさんか。うまく見つかるといいな」

 

 このモンタージュと、『flying fish』という店の名が手がかりだった。

 

 

                 

 

 ニューオリンズの空港から、レンタカーを借り、ゴールディとヴィンスは一番の観光地区、フレンチクォーターの近くのホテルにチェックインした。

 

 ここがフレンチクォーターか

 

 歩きながらゴールディは言った。一度は来たいと思っていたところだった。

 

「建築様式から雰囲気から、ほんとに独特だろ?」

 

「ヴィンスは来たことあるの?」

 

「前に恋人をさがしてくれって、ある男に頼まれてね。さがしあてたら、ここからあまり離れてないパプで働いてたよ」

 

「で、どうしたの?」

 

「依頼人に居場所を教えて、金をもらって終りさ」

 

 

 

 

 ゴールディとヴィンスは『flying fish』という店の近くの店で働いている、あるいは働いていたパトリシア・スナイダーを捜し始めた。

 

『flying fish』はフレンチクォーターからはかなり北に上がったところにあった。ルイジアナの伝統料理を出す店だった。料理も酒も美味しかった。

 

 この『flying fish』という店の近くの店で働いている、あるいは働いていたパトリシア・スナイダーを捜せばいいのだ。名前が間違っていたときのための、モンタージュも用意してある。

 

 二人は、近くの店を一件一件まわって歩いた。バー、カフェ、ストリップバー、ゲイバー数え切れないほど回ったが、パトリシア・スナイダーもモンタージュの女も知っているものはなかった。

 

「もう少し広げて考えるか」

 

「お店自体、もうなくなったのかもしれないわね」

 

 その可能性はじゅうぶんにあった。ゴールディが女に会ったのはもう随分前のことなのだ。

 

「もしそうだとしても、覚えるものがいないとも限らないだろ」

 

 

 

 

 次の日も朝早くから出かけた。ランチに定番のジャンバラヤとガンボを食べた以外は、歩き続けた。店に入る度、ゴールディとヴィンスは顔を見合わせ、今度こそどうかしらね、という表情でうなづきあったのだが、これだけバー、カフェ、ストリップジョイントを回ると、合わせる目にも疲労の色は隠せなかった。

 

 一見見過ごしてしまいそうな一軒のバーに入ったときには、陽はかなり傾いていた。

 

 それはエリアの端にあった。ぶら下がった木の看板に『レッドビーンズ』とある。

 

 顎髭を生やした男が、カウンターの上にコインを並べていた。壁にかかった大きな木時計は五時半を指している。店には他に誰もいなかった。蝿が一匹、ヴィンスの頭の上を旋回した。

 

「バーテンもいないなんて、ちょっと物騒よね」

 

 ゴールディは店をゆっくり見回した  

 

「すみません」

 

 ヴィンスは顎髭の男に話しかけた。

 

「店の人はいないんですか」

 

「さあ

 

「おたく、ここの人?」

 

「そうさね。まあ、そうさね」

 

「ちょっと、これ見て下さい」

 

 ヴィンスは、もうかなりしわがよったモンタージュの似顔絵を差し出した。男は二つの25セント玉をひろげて、似顔絵をその間に置いたが、すぐに目をそらし、ビールをごくりとのんだ。グラスから水滴が似顔絵の女の頬のところにぽとりと落ちた。すばやくそばにあった紙ナプキンで雫をぬぐうヴィンスをちらりと見ながら、男は再びコインを並べ始めた。

 

「ヴィンス、聞いても無駄ね」

 

 ゴールディは小声で言い、出口に向かって一、二歩歩きかけた。そのときヴィンスが言った。

 

「知っているんですね」

 

 え……。ゴールディが振り返り男の顔をのぞき込むと、男は涙を流していた。目尻を伝い、頬に深く刻まれたしわの間を流れていく。

 

「この女性、知ってるんですか?」

 

 ヴィンスの声が少し高くなった。

 

「パティさね」

 

「パティ?間違いないんですか?亅

 

 パティ。パトリシアのニックネームだ。ゴールディは思わず両手を握り締めた。

 

「ファンじゃったからね。結婚を申し込もうと思ってた」

 

「ほんとですか?」

 

「間違いないさね。疑うんなら、娘のルーシーに聞いてごらん」

 

「娘さんに?」

 

「ああ、友達だからね」

 

「娘さんと、そのパティさんがですか?」

 

「ああ、そうじゃよ。幼稚園時代からのおてんば仲間でね」

 

 男は宙を見て、首を左にゆっくり傾けた。

 

「娘さんとパティさんが知り合いなんですね」

 

 ゴールディは男の顔をしっかり見つめて言った。

 

「はん?」

 

 男は、ゴールディに少し焦点の定まらぬ目を向けたが、「あんた、何言っとるんじゃい? パティってどこのパティじゃい?」

 

「あなた、今、これ見てパティだって言ったばかりじゃないですか」

 

 ゴールディは、男の目の前に似顔絵をつきつけた。すると男はすっかり似顔絵には興味を失ったようで、ポケットからじゃらじゃらとコインを取り出し、並べてあったコインに一枚ずつ加えて始めた。

 

「どうする?」

 

 ゴールディとヴィンスと顔を見合わせた。

 

「狂ってるわね」

 

「でも、一度はパティだと言った。誰か戻るまで、待ってみよう」

 

 ゴールディたちは出口に近い丸テーブルに腰かけた。

 

 男は時折しゃっくりのような声を出して笑いながら、ものにつかれたようにコインをカウンターの上で動かしている。

 

 バーテンダーらしき男が帰ってきたのは、それから十分ばかりしてからだった。重そうなリキュールのボトルを四、五本抱えている。

 

「ヘイ、リック。変わったことないかい?」

 

 バーテンダーはコインを数えている男に声をかけた。

 

「客が二人来てるぜ」

 

 リックと呼ばれた男はゴールディたちを顎でしゃくったが、その様はさっきまでが演技ではなかったのかと思えるほどまともに見えた。

 

「何か飲みますか?」

 

 バーテンダーは人懐っこい笑いを見せた。大きな目がキリンに似ている。

 

「この女性を知ってますか?」

 

 ヴィンスは似顔絵を見せた。

 

「ああ」

 

 バーテンダーは男をちらりと見てうなづいた。

 

「以前この店で慟いてた女に似てますよ。なあ、リック」

 

「パティさね」

 

 男はつぶやくように言った。

 

「パティってパトリシア・スナイダーですか?」

 

「そうですよ」

 

 やはりそうだ。やっと見つけた。ゴールディの知らないアンを知る手がかりになるパティ・スナイダーを。

 

「パティと彼は知り合いだったんですか?」

 

 ヴィンスは男を目で示し、聞いた。

 

「ええ。二人とも同じ病気でしてね。その病気の人たちが互いに励まし合うグループカウンセリングで知り合ったんですよ。リックはしょっちゅうここに来て、パティと話してましたよ。パティは親父の代から、ここで働いててくれましてね。でもパティの方は病気の進行が速くてね。すぐに店で働けなくなりましたよ。自分の名前さえわからなくなるんですからね。リックの方はどうやらパティとは少し違ったようで、随分進行が遅く今でも、時にはまったく正常な会話もできるんですよ」

 

「パティさんは何の病気なんですか?」

 

「アルツハイマーです」

 

「アルツハイマーですか。そんなに若くして

 

 ゴールディは愕然とした。アルツハイマーなら、記憶を失い、アンのこともほとんど覚えていないに違いない。

 

「それにしてもなんで彼女のこと探してるんです?」

 

「実は私の親友が突然蒸発してしまったんです。彼女、ひどく孤独で、友人と言っても私くらいでした。彼女を訪ねてくる人もほとんどいませんでした。でも一度、この似顔絵の女性パトリシア・スナイダーさんが訪ねてきたんです。話しぶりから、古くからの友人のようでした。彼女、ニューオリンズのflying fishって店の近くで働いてるって聞いたもんですから、訪ねてみようって思ったんです。私の友人のことを何か知っているんじゃないかと思って。この似顔絵の彼女なら、私の友人のこと何か知っているんじゃないかって、藁にもすがる思いで来たんです。あたし、彼女が無事かどうか知りたいんです。とても大切な友人なんです。どうして突然姿を消してしまったのか、知りたいんです。自分の意志なのか、誰かに連れ去られたのか

 

 ゴールディは両手に顔をうずめた。我ながらうまい演技だと思った。彼女が顔を上げるとキリンに似たバーテンダーが気の毒そうな顔をして、見つめていた。

 

「で、その友達の名前は?」

 

「アン・ノリスです。ご存じですか?」

 

 アンの結婚前の名前を言った。

 

「写真はありますか」

 

「ええ」

 

 ゴールディは以前一緒に撮った写真を見せた。

 

「東洋系ですね。パティに東洋人の友達がいたのかな。聞いたことないですね」

 

「東洋系の友達は一人もいなかったんですか?」

 

「彼女は偏見はない方でね。人の話をするとき、彼女は何人でとか、彼女はブラックで、とか言わなかったから。もし話に出てきてたとしてもわからなかったと思いますよ」

 

「そうですか。で、今、パティさんはどちらににいらっしゃるんですか?」

 

 男は目をリックにちらりと移し、小声で言った。

 

「死にましたよ」