アルファーの翼

 

 その日は起きると体中痛かった。なぜ? しばらくぼやっとした頭で考えていると、落ちたことを思い出した。

 

 落ちたのは地下鉄の階段だ。ごろごろ転びながら、スカートでなくてパンツスーツでよかったとぼんやり思った。階段下では若い男が壁に手をつき腰を折り曲げて吐いていた。

 

 帰ったとき家は森閑としていた。深夜一時半ともなれば仕方ない。お風呂も入らず顔も洗わずベッドにもぐりこんだ。

 

 パンツスーツだけは脱いだらしい。起きた時、上はインナー、下はショーツだけだった。パンツスーツがベッドと反対の壁の近くでくしゃっと丸まっているところを見ると、脱いで思いっきり投げつけたようだ。うっすらとした記憶の中で投げつけている自分がフラッシュした。

 

 洗面所へ行く。鏡を見ると目が充血している。顔も腫れている。

 

 鏡には私のアルパカ顔は映らない。水には映る。顔の白い毛は視界に入るが、鏡に映るのはコモン族層の姿だ。写真に映るのもそう。だから自分ではレイヤー族としての顔を見ることができない。レイヤー族として纏っている外見は物理的外見ではないから、人工的な物には反映されない。

 

 フェルルの知り合いに似顔絵を描いてもらったことがある。優しそうなアルパカ顔。ちょうどアルパカと人間の半分半分だろうか。知り合いはプロの似顔絵描きというわけではなかったけれど、一生懸命描いてくれた。

 

 鏡に映る私の顔。女性としてごくごく普通の部類だろう。ちょっと目が離れている気もする。

 

 近くにあった輪ゴムで髪をくくると、顔を洗い、上下合わぬスエットスーツを着て下のリビングに下りていった。

 

 壁の時計を見ると11時だった。11時。日曜日の11時。父母が仲人をした結婚式の引き出物の掛け時計。しばらくは時を打つたび、鼓笛隊のような人形が出てきて時間ごとに違う音楽を奏でていたが、いつの間にか人形たちは時々飛び出すが音楽はなくすぐに引っ込むようになり、やがて引っ込んだきりになり、時を告げるものはいなくなった。

 

 この家みたい。私は思った。明るく楽しく笑い声に満ちていたときもあったと思う。母もまだ今のようではなく

 

 おー、起きていたのか、日曜くらいゆっくりしたらいいのに。夕べ遅かったんだろ。

 

 父がリビングのドアから顔をのぞかせて言った。私しかいないことを確かめ、安心したように笑顔で入ってきた。お父さん、コーヒー入れようか。それとも何か食べる? お味噌汁作ろうか?

 

 そうだな。まずコーヒーを飲むか。そこの商店街にコーヒー豆屋さんができてね。ふらっと入ったら

 

 けっこう買う羽目になったんでしょ、お父さんのことだから。私は笑った。

 

 うん、まあな。でも美味しそうだぞ。ってかいい匂いなんだ。グアテマラかなんかで賞を取った農園のコーヒーらしい。

 

 そう言い、父は大きいコーヒー豆の袋を出した。500gはある。これだけ買ったならけっこう高かっただろう。

 

 やだ、そんなに買ったの? キンキンした母の声が聞こえるような気がした。けれど打ち消す。せっかくの日曜の父とのひと時を、母のイメージでぶちこわすことはないのだ。どちらにしてももうすぐ本物が出てくるわけだし。それまでの短い時間を父と楽しみたい。

 

 お父さん、それ豆だよね。コーヒーマシンだとけっこう音がするよね。

 

 父と私との間にサイレンスが広がった。母はコーヒーマシンの音が嫌いだった。

 

 そうだ、そうだ、父さん、忘れてた。これを買ってたんだよ。なんだか風情があってね。買ってくだしゃれ、そう言ってるようでね。 

 

 父はにっこりしながら、くしゃっとした紙の包みを持ってきて、目の前で開いた。ほーらぁ。

 

 最近はいつもひどく疲れたように見える父の目がきらっと嬉しそうに輝いたので、私も嬉しくなった。その紙包みが何であれ、父が喜んでいるものならコーヒー豆一個でも大豆一個でも嬉しいと思った。かなりの共感型、っていうんだよね、私のようなのは。

 

 父が開いた紙包みには手で挽くタイプの木製のコーヒーミルが入っていた。下に小さな引き出しがついていて、そこにコーヒーの粉がたまるようになっている。ハンドルのところはアンティーク風の銅色だ。

 

 いいね、これ。

 

 いいだろ。

 

 挽いてみようか。

 

 うん。

 

 豆を挽き始めると香りが部屋に広がった。

 

 いいね。

 

 グアテマラの香りだ。

 

 いいねぇ。グアテマーラァ!

 

 はは。はは。二人で笑った。

 

 グアテマラってどこだったっけ、と笑いながら、私はとても嬉しくなった。二日酔いも忘れて嬉しくなった。

 

 

 

 

 あら、あんたたち起きてたの。

 

 突然の声に父も私もびくっとした。体が目に見えてびくっとするわけではないが、心の中でびくっとした。

 

 母はすたすたとやってきて「こんなに買ったの?買い過ぎでしょ」とコーヒーの袋を指先でつまみあげた。500gのコーヒー袋を指先で異様な物体のように。ひどく役に立たないもの、いやそれ以下のなんだか汚れたもののように。

 

 父も私もなんだか意気消沈してしまった。spirit crusher  スピリットクラッシャー…私はひそかに母のことをそう呼んでいる。やる気やいい気持ちを文字通り crush、潰してしまうのだ。

 

 ま、いいわ。私にも一杯入れておいて。

 

 母はそう言い、またリビングを出ていき、パシッとドアを閉めた。

 

 

 

 

 いつからだろう。母のことを恐れるようになったのは。物心つくころから苦手ではあったと思う。

 

 なんなんだろう。共感力のなさ、だろうか。裏、表だろうか

 

 顔はよく似ていると言われた。コモン族層での私の顔。父も母もコモン族だ。そっくりねえ、言われるたびにひどく居心地悪く感じた。母と私はひどく違う。根本的に。ひどくひどく違う。そう思っていたからかもしれない。

 

 

 

 

 うぉ~、よく寝たぁ。

 

 その声にびっくりして顔を上げた。兄が瞬間移動のようにそこにいた。

 

 わぁ~お兄ちゃん、帰ってたんだ。私は兄に抱きついた。

 

 兄が大好きだ。陽気で細かいことを気にせず、問題が起きると解決点を探し、人の醜いところを理解しながらも良いところがあればそこにライトをあてる。私もアルファーも随分かわいがってもらった。兄もコモン族だが、私とアルファーをあるがまま受け止めてくれているようにいつも感じた。

 

 おー、急にみんな休みをとれ~ってことになってさ~。なんだかよくわかんないんだけどさ、かわいい妹と愛する父さんの顔を見に帰ったってわけよ。

 

 そう言い、私の頭を撫で、父さんの肩をぽんぽんと叩いた。

 

 タクヤ兄さんって大きなもしゃもしゃとした犬みたいだ。人懐っこくて頭がよくて、温かくて優しくて誠実で忠実、私の自慢の兄だ。就職は狙っていた大手には入れず中堅会社に入った。そして大阪支店に配属になった。もともと人を和ませる兄の技に大阪弁と言うのが加わった。

 

 兄が家にいるとそれだけで随分雰囲気が和らいだ。

 

 

 

 母は兄を盲目的にかわいがった。兄は小さい頃から素直で可愛らしかったし、怒ってもすねても全てが愛らしかった。笑顔も抜群で面倒みもよかった。

 

 学校で兄を見ると純粋に嬉しくて駆け寄りたくなった。兄の周りが輝いているように思えた。

 

 母は兄には特別目をかけて大切にした。アルファーと私は双子で、兄とは4つ離れている。

 

 母は私ともアルファーとも合わなかった。それは育てていく中で、育てられていく中ではっきりしてきた。親子にも相性は確かに存在した。

 

 二人いっぺんに生まれて嬉しかったのよ。母は言った。

 

 母が嘘をついているとは思わなかった。嬉しかったのは確かだろう。けれど兄があまりにパーフェクトに可愛く育てやすかった割に、私たちは期待に沿わなかったようだった。

 

 アルファーは素直だ。兄とは違った意味で素直だ。嬉しくないのに嬉しがったり、悲しくないのに悲しがったり、申し訳なくないのに申し訳ながったりすることができない。アルファーは心の状態を偽って、行動や態度、顔に出すことが苦手だった。

 

 socially awkward  というのだと後で知った。

 

 日本語で、社会性がない、とか空気が読めない、とかいうのには抵抗があった。私はアルファーを心から大切に思っていたのでそういうふうに淡々と日本語でアルファーのことを言うことができなかった。

 

 けれどsocially awkwardと英語で言えばなんだか客観的というか第三者化したみたいだった。

 

 小さい頃のアルファーは、たいてい自分の興味のあることに没頭しすぎるあまり周りが見えなかった。私はいつもアルファーのそばで周りをキョロキョロ見ながら立っていた。危険からアルファーを守っていた、というと大袈裟かもしれないが、アルファーを不快な何かが起きることから守っていた。

 

 アルファーは小さな模型が好きだった。動物でも乗り物でも小さな模型が好きだった。アルファーの部屋はおまけでついてきたのか、誰からかもらったのか、そっとどこからか取ってきたのか、とにかく小さな模型で足の踏み場もなかった。それは母をひどく苛々させた。「ちょっとぉ、いい加減にしなさいよぉ!」「あんた、どっか変なんじゃないのぉ」と時には甲高く、時にはドスの効いた声で怒鳴った。その度に私は身をすくめた。そんなとき大抵アルファーは口をきっと結んで、きりっとした目で母を睨んでいた。

 

 なんなの、その顔は!

 

 母はアルファーの肩を揺すった。けれどアルファーは表情を変えなかった。

 

 母は兄がいるときはそんなにひどい怒り方はしなかった。兄のことが大好きだった母は兄にはいい母親だと思われたかったのだろう。

 

 ほらほら、ちゃんと片づけて。アツシくんはこんなものばっかり集めてほんとに面白い子なんだから、ねえ、タクちゃん。

 

 そう言ってアルファーのことも愛おしげに抱きしめようとしたりもしたが、アルファーはすごい勢いで母を押しのけた。

 

 あらあら。母は傷ついたようにさも困ったように兄を見た。

 

 そんなとき兄は、わあ、アッシー、これすごいなあ、本物そっくりだよ。ここのドア開くんだよな。すごいなあ。など、模型の一つをとり、感嘆したようにアルファーに話しかけた。アルファーの表情が少し和らいだ。

 

 母さんもこれだけ買ってあげるんだからほんと、優しいよな。ね、母さん。すると母の顔も和らぎ、満足したように兄に微笑むのだった。

 

 こんなことがどれだけあっただろう。数え切れないほどだ。

 

 

 

 

 おかんは? 兄が聞く。大阪に行ってから母のいないところでは、兄は母のことをおかんと呼ぶようになった。そう呼ぶと私や父の緊張度が和らぐのを知っていた。

 

 さっき、一度入ってきた。

 

 私は答える。父は黙っている。

 

 いい匂いだな。なんかすごくいい匂いだだよな。

 

 兄が思いっきりコーヒーの香りを吸い込む。

 

 父は、おー、タクヤは良さがわかるか。さすがたっくんだなあ~。と幼い頃の呼び名で呼んた。

 

 よし、たっくんにも挽きたてコーヒーを入れてしんぜよう。

 

 笑い声がコーヒーの香りのようにふんわり広がった。アルファーもいたらいいのに、私が思ったところに母が入ってきた。

 

 コーヒー入ったの?

 

 あ、母さん、ちょうど入ったよ。ほら。どうぞ。

 

 あ、タクちゃん、ありがとう。

 

 四人でテーブルを囲んだ。肩がこったように首を回す母はを見て、母さん、肩こってるんだ、とすぐ母の後ろに周り、兄は肩を揉み出した。

 

 ほんとにタクちゃんは気が利くわ、

 

 これでアツシが帰ったら家族が揃うな。

 

 父がぼそりと言った。母の顔が一瞬険しくなった。

 

 

 

 

 アルファーが一人暮らしを始めて3、4年になる。アルファーは極々普通何をもって普通というのかよくわからないがの子がたどる平均的成長からは大きくはずれていた。34歳まではほとんどしゃべらなかった。小学校のころはじっと虫や魚や動物を見つめていることが多かった。けれど高校も終わりに近づく頃、いきなり目覚めたかのように、人と会話を始め、時としてそれなりに愛想をよくする術を身につけた。

 

 私は、それが、いきなり、ではないのを知っていた。アルファーは長い間、努力していたのだ。学び、自分にインプットしてきたのだ。それがうまく出せるようになったのが、大学に入る前だったというだけのことだ。私の前ではアルファーはそれまでとほとんど変わりがなかったが、人前でのアルファーは確かに変わった。

 

 口数が少なかったアルファーは雄弁なほど自分の言葉で話すようになり、その表現がストレート過ぎることもあったが、独創的でウィットに富んでいたりもした。

 

 もともと長身で顔も整っていたが、どちらかといえば暗い固い印象を与えていたアルファーだった。けれど、自信に満ち、外向きの顔をしているとき、私はカッコいい、美しい、とすら思った。

 

 アルファーは翼族だった。翼族はレイヤー族の中でもかなり珍しい。肩から大きな翼が生えていて、翼の先に大抵5本の指がついていた。他の翼族はクチバシや鳥に似た目をしているものが多かったが、アルファーは違った。アルファーはレイヤー族層での顔とコモン族層での顔がほとんど変わらなかった。レイヤー族層での方が目が鋭く鼻が細く口が大きかったが、全体の印象はさほど変わらなかった。 

 

 私達レイヤー族は心で強く願う時、相手のコモン族層での姿を見ることができた。それは見る、というより脳裏に直接投影されるような感じだった。レイヤー族層で見える外見はスピリチュアルで精巧な3Dの絵のようで、物理的には存在していない。だから角のあるものが帽子を被るのに邪魔になったり、トカゲ風の尻尾があるものがズボンを履くのに邪魔になることはない。アルファーも翼が日常生活の邪魔をすることはない。

 

 

 

 アルファー、頑張ったね、私は思った。

 

 父は優しかったが、母のもとで育つのはアルファーにはつらかったと思う。いつも耐えているのが私にはわかった。

 

 アルファーというニックネームは、アルファーが小さい頃、私がつけた。

 

 野菜のアルファルファーを見て、アルファルファアルファ、アルファルファ、と何度もアルファーが繰り返しすのに苛々した母が爆発した。

 

 あんた、このアルファルファみたいに変なんじゃないの。このしなびたアルファルファみたいに!

 

 母は、パックに残っていたしなびたアルファルファを両手に握ってギュッと潰した。

 

 アルファー、アルファーってバカの一つ覚えみたいに!

 

 母はその日、いつもより輪をかけて、一段と、機嫌が悪かった。

 

 そんなに好きなら、あんたのことこれからアルファーって呼んであげるわよ。アルファーってね!

 

 ひどく憎々しげに母は言った。

 

 アルファーは一見表情を変えずに母を見た。けれど顔は青ざめていた。私はアルファーが倒れるのではないかと思った。

 

 アルファーは小声で 「アルファーアルファーアルファーアルファー」とつぶやき、母を睨み続けた。

 

 私はアルファーという言葉が一生彼を傷つけるのではないか、と幼くして恐れた。そんな言葉があってはいけない、と本能的に感じた。だから言った。

 

 アルファーってかわいい感じだよね。アルファルファは長すぎだけどアルファーは可愛いよね。アルファーちゃんって呼んでいい?

 

 私はアルファーの手を取って、アルファーちゃん、と優しく呼んだ。母の憎々しげなアルファーの響きの上に優しい響きを貼り直したかったのだ。アルファーがアツシという自分の名前を気に入っていないのも知っていた。

 

 私はアルファーの手を取って両手を広げた。美しいグレイ色の翼が広がった。アルファーが翼を広げると、私は心底嬉しくなった。翼を広げたアルファーは自信に満ちて見え、美しかった。映画で見た天使ガブリエルのようだと思った。

 

 アルファーはうなづいた。

 

 ふん。母はそう言い、出て行った。

 

 

 

 

 アルファーには創作の才能があった。絵の才能。美術の才能。アルファーは美大に入り、今まで閉じていた心の翼をぱあっと広げた。アルファーの「翼」という絵を見て、私は涙ぐんだ。アルファーは翼を持ってたのに広げられなかったんだ。

 

 父がこの家にいなければアルファーのように家を出たい。母とはできれば、というかかなり真剣に一緒にいたくない。けれど、自分までいいなくなれば父が寂しがるだろう。

 

 

 

 

 兄の肩もみに目を閉じている母を見て、母にもアルファーの真の姿が見れたらと思った。

 

 アルファーが手を広げた時の翼の見事さ。手を広げたアルファーの翼、その薄灰色の翼は角度のよっては銀色に見える。もし母がアルファーの翼を見たらどんな顔をするのだろう。家族で行った観光地で翼の絵が壁に描いてある写真スポットがあった。その前に立ってポーズをとると、まるで翼が生えているように見えるのだ。そこでかなりの時間をとって何度も写真を撮りたがった母だ。実際の翼族のアルファーを見たらどう思うのだろう。少なくともアルパカの顔をした私によりは、魅了されるだろう。

 

 母にアルファーの人としての真の価値を知ってもらえたら、と思う。翼族としての翼を広げたアルファーでなく、普通にアルファーとしてのアルファー。母が思っているより、ずっと深く、優しく、複雑で、美しいアルファー。

 

  母のエッセンスは変えずに、ある部分だけを変えれたらどんなにいいだろう。人を傷つけるところだけを変えられたら。悪気がなく結果として傷つけてしまう場合は仕方ない、そのままでいい。お互い理解し合える可能性があるなら変える必要はない。ただ傷つけようと思って傷つける場合、悪意のある場合、その部分だけ変えられたら……

 

   メグ、コーヒーおかわりは? 父が聞く。わぁ、お願いできる?

 

 本当にいい香りだ。グラテマラ産のコーヒー。ハーヴィのマスターのところでも中南米産のブレンドコーヒーはいつも美味しい。今度、兄を連れて行こう。兄がフィーラーかフェルルならいいのにって思ったこともあるけれど、兄は兄のままで素晴らしい。

 

 Beauty is only skin-deep.

 

 人の美しさ、価値は見かけとは関係ないものだ。もちろん、外見を自分なりにどう見せようとしているかで、人の内面が現れることも多いけれど。外見は元々生まれつきのものなのだ。そして人によって見えるもの、見えないもの、できること、できないこと、皆違う…。

 

 知って損はないよね。私は思う。知ろうとして損はないよね。母がもっとアルファーを知ろうとしてくれたら。見ようとしてくれたら。skin-deepの下のアルファーが見えていたら。その未来への可能性を、見てくれたら。

 

 でも母は母なのだ。母なりの心と限界をもって母なりに頑張ってきたのだろう。

 

 ふー…。私はため息をついた。

 

 ほぉーら、何だか知らないけどさー、たいていは気は楽にもって損はないぞぉ。兄が微笑む。

 

 うん、そうだよね。

 

 私は部屋に広がるコーヒーの匂いを思いっきり吸い込んだ。

 

 何度も。何度も。

 

 深く。

 

 深く。